アンサーソン

おひとついかが

小説の集いのあれ

遅れすぎなくらい遅くなったが、短編小説のやつで「心に残る10作品」に選んでいただいた。


【第0回】短編小説の集い 心に残る作品10選 - Novel Cluster 's on the Star!

 

わーい。純粋に嬉しい。

ここでも書いたのだが、これまで授業で二度ほど小説というかお話を作ったことはあった。しかしそのできあがったものは身内というか顔見知りというか、家族のほかは国語教師やらクラスメイトにしか見せたことがなかったので、あまり知らない人たちの中に放り投げたらどう思われるのだろう?ということを長い間うすらぼんやり考えていて、それが今回叶い、かつ予想よりもいい評価をいただけたので本当に嬉しかった。

それから、いつも私のまとまらない締まらないこのブログを読んでくださっているみなさんにも「私、ちゃんと話を終わらすことができるんだぜ」という部分が見せられたかなと思えたのもよかった。

 

他の方からも感想をいただいた。


うれしいお知らせを頂きました。 - Almost Always

怪しさを目指したのでちゃんと怪しさが伝わっていたならよかったなあと思ったり。

 


創作するのって難しいけれど楽しいということを思い出せた - ファンタジー頭へようこそ!

うん、オチ見えるんだよね…。そこを見えなくする技を持つのがプロなのかなと思ったり。

 

他にも感想載せてくれた方がいたのだが、お知らせから消えているようなので削除されちゃったのかな。

 

他の作品への色んな方の感想も拝見したが、だよねー、だよねー、というのやら、この作品を選ばないんだなあとか(好みの問題だから私が口出すことではない)とか色々あって面白かった。

私の感想は、タイミングを著しく逸してしまったので割愛。本来の目的が、感想をフィードバックし合うことでみんなで文章力を上げようぜ!みたいな感じだったように思うので感想を載せないのはなんかずるいのかなと思ったりするが、次回からがんばるんで!ということで。いや、がんばれないかもしれないけども!極力!前向きに善処!空元気!

 

 

ここで書いたように、私がこれまで書いた2作は童話っぽいのとSFで、今回はホラーだったから余計に「純文学っぽいの書ける人は本当に凄いなー」と思った。(童話は割に広範囲ではあるが)SFとかホラーとか「そういう作品にしよう」という方向性が定まっていると私は書きやすいんだということがわかって、じゃあそれを純文学に置き換えたらいんじゃ、と思ったのだけれど、実際そういうのを書こうとしても書けなかった。単に子供の頃から所謂「エンタテインメント小説」みたいなのばかり読み過ぎたのかもしれないとも思ったので、もっと純文学っぽいのも沢山読もう、自分。イヤ読んでないわけじゃないのよ。ただ一般的にエンタテインメント小説と呼ばれるものを読んでいたことのほうが多かったので、もうちょっと割合を増やそうかなと。なんか言い訳っぽいななんだこれ。

そんな感じで、拙いホラー紛い小説を読んでくれたみなさん、ありがとうございました。

 

なんとか終えた

オッと思い立って短編小説を書いてしまったので遅くなったが、先週末に引っ越しをなんとか済ませた。

私の引っ越しは常にギリギリでひーひー言いながらの荷造りのため(引っ越しが決まるとなぜか仕事が忙しくなり、23時24時の帰宅になったりする)今回もやはりひーひー言いながら夜中3時過ぎまで荷造りをしていたりした(下の階の人ごめん)。ただ、今回はオットも一緒に引っ越しをするので任せられた部分も多々あったし、オットが普段はやりたがらない各種手続きもなぜか率先してやってくれたので、いつもの引っ越しよりはだいぶ楽に済んだように思う。いつもは前日ほぼ完徹で臨む(「もうダメだ…一時間…一時間だけ寝よう…」と明け方に1時間ほど段ボールの隙間で仮眠する程度)のに、5時間くらいは眠れただけでもよかった。前日は呑み会で帰宅は24時をまわっていたのだ。なぜそんなタイミングで呑み会だよ。

ちなみに前回の引っ越し時は、午後イチで予約していた引っ越し業者から「前のおうちが早めに終わったんで今から行っていいですか」と午前10時くらいに電話があったにも関わらず「すみません、荷造りがまだ済んでません…」と言って断るレベルにギリギリだった。業者さん来て搬出始まってからもまだ荷造りをしているような体たらくっぷり。

問題は思った以上に新居を占拠している段ボールだが、それも徐々に片付いていってはいるので(一般的な引っ越しと比較すると恐らくかなりのスローペースであろうとは思われるが)、今月中には段ボールを全て処分するくらいには頑張りたい。

 

短編小説について。

「初心者枠」でエントリーしようかなと思ったのだけれど、投稿歴は皆無なものの小・中の授業で小説を書いたことがあったので、一応完結する話を二度は書いているのだし「初心者」というのはなんか小狡い感じがしてやめた。

小学生のときは「小説」というより「お話をつくってみよう」みたいな題目。沢山のサルと沢山のブタの住んでいる島があって、最初は仲良く暮らしていたのにお互いの食料事情から領地をめぐり争いが起きるというストーリーだった。サルのリーダーが「やめろ!ワナだ!」って叫ぶところがかっこよかった(自画自賛)。最後は和解する。

中学生のときはどこか別の次元からやってきた転校生が主人公の生活を色々引っかき回す話で、最終的に主人公が暴走を始めた転校生を制圧し元の次元に帰すという、当時読んでいた眉村卓筒井康隆に多大な影響を受けまくっているSFだった。こうして書くと立派なものを書いているっぽいけれど、稚拙なもんだろうと思う。どちらも幾度もの引っ越しに伴い捨ててしまったのでもう読めない。

 

エントリーを公開するにあたり一応読み返して推敲したのだが(文字数がギリギリで参った)、ぜろすけさんに拾ってもらってからもう一度読み返したら色々と粗が目立ち「この文章ちょっとおかしい」とか「こういう言い回しにすればよかった」とか「ここはもっと詳しく描写したほうが効果的だった」という後悔が止めどなく押し寄せるので、もう暫く読まないでおこうと思う。修正するのもやっぱりなんだか小狡い感じがして。

中学生のとき以来なので久々にこういうものを書いたけれど、だいたいの話の流れが決まってしまうと早いもんだなと思った。色々書き足したくなってしまうから早いといっても私の場合は早くないのだけれども。

ちゃんとストーリーを思いつけて、割に思ったように書けて楽しかったので、また機会があったら参加するかもしれない。

書いてみた

〜〜〜〈追記〉〜〜〜

説明が足りなくて、いつもこのどうでもいいブログを見に来てくれているみなさんのうち、事情をまったく知らない方に不親切だったかなと思ったので追記。

「みなさん短編小説を書いてみませんか」という提案をid:zeromoon0さんというパンダの方がやっていて、それに乗っかって書いてみた次第。詳細は以下のリンク参照のこと。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

タイトルは特になし。

5000文字ギリギリになったんだが…ここまでギリギリで書いてる人たぶんいないよなあ、と思ったり。

読む方は時間のあるときにどうぞ。つまんなかったらごめんなさい。

 


【第0回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - Novel Cluster 's on the Star!

 

 

目の覚めるような赤。

女優帽に口紅と脛までの丈のフレアワンピース、そしてエナメルのピンヒール。

外の日差しのまぶしさと女の肌の白さ、女の身体の薄さも手伝ってか、その4つの赤だけがひらひらと舞っているようだと渡辺は思った。よく見ると手の先にも小さな同じ赤が並んでいる。真夏には重すぎるほどの鮮やかな赤だ。

 

 

昼下がりの住宅街に照りつける強い日差しに耐えきれず日陰に入っても、熱をもった空気が渡辺に涼むことを許さない。緩めていたネクタイを外して鞄に突っ込み、既に拭った汗を吸って湿っているタオルハンカチで止めどなく流れる汗を拭うが、拭えているのか拭えていないのか不快感はまとわりついたままだ。

「暑い

暑い、と口に出すと更に暑くなりそうで言わぬよう我慢していた。我慢していたがつい口をついて出たそのとき、狭い一方通行の路地の向こうに赤が見えたのだ。その一瞬、暑さを忘れてひらひら舞う赤に見とれた。

 

ふいに女がこちらを向いた。凝視しすぎたようだと渡辺が些か焦って不自然に視線を逸らすと、視界の端で女がこちらに向かってくるのがわかった。遠目には20代前半くらいかと思っていたが、近くで見ると20代後半くらいか。口紅の赤に負けない目鼻立ちのはっきりした美人だった。

「暑いですね。外回りのお仕事ですか?」

意外なほど気さくに話しかけてくる。顔の印象よりやや低い声はハスキーに響いた。

なんだこの女は。どういうつもりだ?

つい先刻まで女に不躾な視線を投げかけていたことも忘れ、渡辺は思った。新興宗教や自己啓発セミナーの勧誘でもしようというのだろうか。新手の詐欺か何かか。

「何らかの方法で金品を奪われる」といういくつかの考えが頭を巡ったが、渡辺より20歳は若いであろう女に話しかけられた嬉しさと好奇心のほうが勝った。

渡辺は香料を扱う小さなメーカーに勤めている。社内では、渡辺に仕事以外のことを話しかけてくる若い社員など皆無だ。同期の社員には社内の若い連中と仕事帰りに呑みに行くことの多い者もいるが、渡辺は下戸なので、そういう席はほぼ毎回遠慮している。接待で酒を呑むこともあるが、呑んでいる振りをしながら下手くそな営業トークで場を盛り上げる努力をするので精一杯というような有様で、営業成績もロクに上がらぬため50を過ぎた今現在も係長止まりだ。おそらくこの先も昇級は見込めないだろう。そんなうだつの上がらなさと渡辺の元来のイマイチな社交性が影響し、若い連中に慕われていないであろうことも渡辺は認識していた。

 

「営業で、社に戻るところなんですがこう暑いと駅までの道も遠いですね」 

喋り出しの声がかすれた。緊張しているわけではない。緊張していると思われただろうかと何か言い訳をしたくなる。

「ここからだと駅まで距離がありますからね。このあたりはお店もないし、こんな炎天下に帽子もないと熱中症で倒れてしまいますよ」

炎天下で暑さの話をしているのに、女は汗ひとつかかずに涼しい顔をしている。この女の身体は一体どうなっているのだろう。

渡辺がそんなことを考えていると、薄く微笑んだまま女が言った。

「私の家、すぐそこなんで涼んで行かれません?」 

 

美人局。

まず浮かんだのはそれだった。

「美人局なんかじゃありませんよ」

渡辺の心の中を読んだようにそう言って、女は相変わらず薄く微笑んでいる。

「いや、」

遠慮しますと言いかけた渡辺の左肩に白い手が置かれ、その手に吸いつくように女の顔が近づく。左の耳に女の吐息が当たった。

「こんなところで無粋なことは言わないで」

甘い花の香りがした。ローズだと渡辺は思った。やはり真夏には重い濃厚な香りだ。

耳から唇を離した女は渡辺の顔を見ると今度は艶然と微笑んでみせ、「さあ」とそのまま渡辺の左手を引いて歩き出す。茹で上がっている渡辺の手を掴む女の手は真っ赤な爪とは裏腹に、冷たく心地よかった。

 

 

シャワーを浴び、白いバスローブを羽織ってリビングのソファに座っている。キッチンには使い込まれ手入れされている鍋や調理器具が、決して広くはないリビングから見えるベランダにはハーブや野菜のプランターがいくつか並び、緑の葉が日差しを浴びて輝いていた。

渡辺は戸惑っている。

 

声をかけられた路地からほど近いクリーム色のマンションの一室。部屋に入る直前まで、渡辺は宗教か詐欺かやはり美人局かと疑っていたが、思いのほか生活感のあるその部屋と、女が「マキです」と自ら名乗ったこと、渡辺の手を引いて歩く様がまるで子供が父親を引っ張っていくときのような無邪気さに思え、渡辺の娘がまだ園児だった頃のことを思い出したりもし、これは本当に詐欺でもなんでもないのではないかと思い始めていた。渡辺の戸惑いは、マキが見せたその無邪気さと、渡辺の手を取る直前にマキが放った言葉とのギャップにある。

 

そういうつもり、なのだろうか。

親と子ほどの年齢差がある。しかし、お互いに成人した大人だ。女が自宅に男を招き入れる意味を考えると、やはり「そういうつもり」だと考えるのが一般的なような気がする。

もしかして、と渡辺は思った。

世間には、セックス依存症という精神の症状があるそうだ。アメリカの有名なプロゴルファーもそうだとどこかで聞いた。マキももしやそうなのではなかろうか。

 

今度は渡辺自身のことに思いを巡らせる。

妻とはもう何年もしていない。したい気持ちはやまやまだが、娘が生まれてしばらく経つと拒否されるようになった。その後何度か誘ったが応じてはくれず、結局もう十何年もセックスレスというやつだ。こちらももう妻を抱く気にはならなかった。けれど、今ここでマキとできるのなら、一度といわず何度でもできる気がした。

 

「ビールでいいですか?」

マキに声をかけられ渡辺は我に返った。股間がむずがゆい。

「下戸なんです

「じゃあお茶ね」

マキが氷の入ったグラスとお茶の入ったピッチャーをトレイに載せソファの前のテーブルに置いて、トポトポとグラスに黄緑がかった薄茶色の液体を注ぐ。

どうぞ、と言われ、いただきます、と口をつけると、まずミントの香り、そして甘酸っぱい果物のような香りが口の中に広がり、最後に少しの苦みと甘みが押し寄せる。渡辺は麦茶とばかり思い込んでいたので少し面食らった。

 

香料メーカーに勤める渡辺ではあるが、調香師ではないのでそこまで正確に香りを嗅ぎ分けられるわけではない。ただ、香りを仕事にしているくらいだから一般人よりは香りに敏感だと自負している。しかし果物のような香りが一体なんの香りなのかわからなかった。嗅いだことのある、懐かしい香り。子供の頃から嗅いでいる香りだが思い出せない。

 

「冷たいからそこまで香りは強くないと思うんだけれど、味、大丈夫?」

「大丈夫です、美味しいです」

正直なところ、渡辺はこのハーブティというやつがあまり好きではない。香りばかり強くて味があまりないのが苦手だ。例に漏れずマキが淹れたハーブティも好みではなかったが、マキに気分を害させず行為まで持ち込みたいという邪な気持ちで言った。甘酸っぱい香りがなんなのか問おうとすると、マキが立ち上がった。

「お茶を飲みながら少し待っててね」

そう言ってリビングを出て行く。バスルームへ向かうドアだ。

はい、と返事をしてから、マキから敬語がすっかり抜けており、渡辺だけが敬語を使っていることに気付く。これだから営業職は、と苦笑しながらこのあとのことに思いを馳せていると、無意識にグラスのハーブティを飲み干しており、思わずまた苦笑する。期待で味がわからなくなっているようだ。ピッチャーからグラスにハーブティを注ぎ、妄想しながら飲み、また注ぐを繰り返していたらピッチャーが空になってしまった。マキはまだ戻らないのだろうか。

カチャリとリビングのドアを開く音がし、振り返ると髪が濡れたままのマキがリビングは入ってきた。全裸だ。身体は想像より女性らしいラインを描いており、思わず「いいね」と口から出そうになる。

「全部飲んでくれたのね、よかった」

また薄く微笑んで、ピッチャーを持ったマキが言う。

「ビールじゃダメだなんて言うから不安だったの」

ピッチャーを置いて裸のまま渡辺の膝に座り、渡辺のバスローブのベルトをほどく。

 

不安だったの?

フアンだったの?

フアンダッタノ?

 

意味はわからないまま、マキの肌に触れようと手を伸ばそうとしたとき、マキが渡辺に対面で脚を開き、覆い被さるようにしてその手を取って胸に触れさせる。

「最後だからサービス」

 

最後だから?

サイゴだから?

サイゴダカラ?

 

また意味がわからない。マキは先ほどのように渡辺の耳元に唇を近づけて言った。

「どう?わかる?」

わかる?いや、わからない。全くわからない。

手の感覚がなくなっている。触れているはずなのに、触れている感覚がまるでない。

思わずマキの手をふりほどこうとしてから、それもできないことに気付いた。驚いて声を出そうとするが大声を出すことすらままならず、「うう」といううめき声だけが口から漏れる。

マキが嬉しそうに目を見開いて満面の笑みを浮かべる。

「よかった!ちゃんと効いてる!もうわからないんでしょう?」

首を動かすことはできないが、マキが跳ねるように立ち上がってバスルームに続くドアの隣にあるドアの前に立ったのがわかった。

「ねえ、見て見て!あ、そこからじゃ見えないよね」

マキがソファに戻って渡辺の頭を両手で掴み横を向かせる。ドアが視界の正面に見えた。

なんだこの女は。どういうつもりだ?

渡辺は炎天下で頭に浮かんでいた疑問を再び頭に浮かべた。やはり手をふりほどいて帰社すべきだった。こんな女に関わるべきではなかった。なんとかしなければと気は焦るが指一本動かない。辛うじて動くのはまぶただけだ。どうしたらいいのだ。渡辺はうう、とまたうめき声を上げた。

「じゃーん」

マキの手でドアが開け放たれる。狭い部屋があった。おそらくウォークインクローゼットなのだろう。中には全裸の男が4人、真っ白な顔で脇の下から胸をベルトのようなもので巻かれ、天井から吊されていた。左から一人目は20代くらいの髪がやや長めの男、二人目は30代くらいの短髪の男、三人目は40代くらい、四人目は60代くらい。

「シュー

渡辺の声はもう、うめき声ともつかない、気道から空気の抜ける音にしかならなかった。

なんだこれは。なんなんだ…!

 

「くるぶしのところに穴を開けて血抜きをするのね。首のところで吊したほうが楽なんだけど、首で吊すと首が伸びちゃうの。知ってる?えーと、名前聞くの忘れちゃったね」

マキは身振り手振りで説明すると、今度はソファの脇に置いてあった渡辺の鞄から財布を取り出し、中の免許証を見る。

………渡辺さん。覚えた。渡辺さんね」

渡辺のほうを見てにっこりと微笑んだマキが言う。

「左から、佐伯くん24歳、田村さん32歳、畑中さん46歳、笹本さん66歳。どう?素敵でしょ」

渡辺さんは、ともう一度免許証を確認する。

「渡辺さんは52歳ね。これで20代から60代まで揃うの」

つまり俺はこの女のコレクションに加えられるということか、と渡辺は思った。身体は尚も動かない。俺が何をしたっていうんだ。真面目に生きてきたのにどうしてこんな目に遭うんだ。嫌だ、死にたくない!そう思うと、渡辺の目から涙が溢れた。

「大丈夫、ちゃんと綺麗に残してあげる。苦しくもないの。4人とも苦しんだりしなかった。眠るように意識を失うだけ」

言いながらマキが渡辺の目にタオルのようなものを当て涙を拭う。だんだんと目にも力が入らなくなってきているようだ。渡辺のまぶたが重くなってきている。もう泣くこともできない。

「ハーブティでも大丈夫だとわかったから、これからは子供も大丈夫そうね。渡辺さん、どうもありがとう」 

 

マキの言うとおり、まぶたと頭はどんどん重くなっていくが苦しくはない。意識がぼんやりとしていくだけだ。まぶたの裏に炎天下で見たマキが赤く浮かぶ。

マキが嬉しさを堪えきれぬようにクスクスと笑い出した。

「子供より7080代のおじいちゃんを先にしてもいいかな」

 

渡辺は気になっていたハーブティの香りを追いかけていた。

そうだ、これはりんごだ。

おぼろげになっていく意識の奥底で、渡辺は香りの正体を捕まえた。

よかったこと探し

以前割と不幸だったとき、ネットで「『いいこと探し』はもうやめよう」というライフハック系の記事を読んで

「『いいこと探し』なんてものがあったんだ!」

とその記事に反して夜寝る前なんかに「その日起きたよかったこと」をいくつでもどんなに小さくても最低3つ以上(自分の中のノルマ)をメモ帳に書き記していたことがある。

読み返したときに「ああこんなにいいことがあったじゃないか、自分はこんなに幸せじゃないか」と再確認するための「よかったこと探し」のつもりだった。

 

そのきっかけになったライフハック系の記事の内容は覚えていないが、タイトルはそう間違っていない気がするのでググれば出るかもと今ググってみたが出てこなかった。気になった人がいたらごめん。

 

 

何ヶ月か経って、その「よかったことメモ」読み返してみたら

・信号が青でスムーズに道を通れた

とか

・にんじんが安かった

とか、仕舞いには

・天気がよかった

とまで書かれており、私の生活に起こるよかったことがあまりにも些細すぎて逆に「こんなに何も起こらない生活」を実感させられ不幸せな気持ちになったのでやめた。不幸せな気持ちというより「こんなことを書かなきゃならないほどよかったことがなにもない」という状況が可哀想になったのだったかもしれない。いや天気がいいのはよかったことだろうけどもさ。でもそっかー、天気かー、とその頃の自分を残念に思う。

 

自分の置かれている状況の可哀想さを確認するのは、アクティブな不幸の真っ只中にいてその不幸っぷりを存分に味わいたいときには有効だろうが、一旦落ちきってしまってあとは浮上するだけ!これだけ不幸せを味わったあとだからこれからいいことが沢山起こるはずだぜ!と無理矢理にでもテンションを上げて頑張っているパッシブな不幸の最中にはおそろしく不向きだということを心の底から思い知った(冒頭で「割と不幸」と書いたのはそのため。アクティブな不幸の只中ではなくそこはかとないパッシブ不幸の最中だった)。

 

今でもその「よかったことメモ」が私のカラーボックスに無造作に突っ込んでありたまに取り出して見るのだけれど、やっぱり「この頃の私、可哀想だな…」と思ってしまう。誰が見てもあからさまに不幸で同情して貰えるような状態ではない、という点も更に可哀想さを加速させている。もう他人を見ている気持ちで眺められるのでそれが私の心に何らかのダメージを与えることはないのだけれど、でも前述のライフハック系の記事のいうとおり「『いいこと探し』、しなくてもよかったね…」という思いはあって、「いいこと探し」でも「よかったこと探し」でも呼び名はどちらでもいいけれど、やるなら時期を見てやったほうがいいんじゃないかなとは思っている。

お金の話をしようと思ったのだけれど

なんだか愚痴っぽくなったので消した。愚痴を吐くつもりはまったくなかったのだがな…。

 

十五夜スーパームーンがあったものの、そういった自然やら時候やら節気やらに気持ちがまったく向かなくなっているので、いよいよを持って余裕がなくなっているのだなと実感している。

仕事で慌ただしくしてしまっていることと引っ越しが近いことも相まっているとは思うのだが(今月末に転居)、もうちょっと余裕が欲しいなと思う。

 

今のマンションに引っ越してくるときも、引っ越しが決まった途端に急激に忙しくなり、夜1時近くに帰宅、入浴して2時、「3時まで荷造り」と1時間だけ荷造りして翌7時起床で出勤、土日も休日出勤というわけのわからない状態になったので、引っ越しが決まると私は忙しくなる運命が巡ってくるサイクルにどこからか入り込んでしまったのかもしれないと思い始めている。あのときの私は物凄く可哀想だったと思う。誰も誉めてくれないけど頑張ったよ自分。

 

でもたぶん一番せわしないのは時間よりも精神的なものだと思う。ここ1〜2年はずっと追われている感覚が離れないので、どうしたら精神的に余裕が持てるのかなと考えている。眠いのかもしれない。眠いのは昔から変わらないのだけど。

でもナルコレプシーではないんだよな確実に。

 

 

いつもに増して散漫なので、明日燃えないゴミに捨てるものをまとめたらとっとと寝る準備をしようと思う。ではまたね。

何者

いつだったか薄らぼんやり観てたTV番組で、体格のいい女の人が

「私、見た目がこんなだから自力で結婚するのは難しいと思っていて、でも結婚は絶対にしたいと思っていたし、20代前半だったらまだ戦えるかもと思ったんで、二十歳になってすぐ結婚相談所に入会したら結婚できました!」

という主旨の話をしていた。

これは流石に極端な例かなとは思うし、22〜23くらいまでは相談所を頼らず自力で頑張っていたとしても今とは別の嬉しい結果が出たかもよ、と思わないでもないのだけれど、二十歳くらいで自分の市場価値をここまでしっかり把握してるのって凄いな、頭のいい人なんだろうなと思ったんだ。

 

私は謙遜でもなんでもなく本当にあまり物事を考えずに生きてきてしまって、考えずに生きてきていたのに「自分は物事をしっかり考えているほうである」という錯覚をしたままの痛い大人になってしまった。大人になって暫く経ってから「世の中には想像を絶するくらい頭のいい人が物凄く沢山いて、私は自分で思っていたよりも遙かに物事を知らないし考えていないし考えられない」ということに気付いてショックを受けたと同時に、奢っていたときの自分をとても恥ずかしく思った。今でも恥ずかしい。バカなのにバカではないフリをしている人は恥ずかしい。

そうして「私、すげえダメじゃねえか…」と凹みながら見かけたのが冒頭の女の人で、本当に凄いな賢者だわ賢者がいたよと思ったんだ。

 

 

賢しくない私は、物心ついたときから少し前までの結構な長期間、自分が仕事や趣味(ないけど)においての「何者かである可能性」というのを漠然と漫然と信じて生きてきていた。

しかし、こうして何年、何十年か生きてみて「待て、自分は何者でもないのでは…?」ということに薄々気付き始め、それでも仄かに残る「何者かである可能性」を否定する自分を騙し騙し、まだ信じているフリをしここ数年を無理矢理に乗り切ってきたが、それでもやはり現実として「何者でもなかった自分」をまざまざと突きつけられている現在。

「何者でもないのならばもっと早くに『何者でもなかった!』と気付いて、何者でもないなりに幸せに暮らせるようにもう少しうまいこと努力できればよかったのに」

というすっぱ苦い思いが胸に去来するよ、夏。セミもどんどん死んでいくよ、夏。

 

もちろん先ほどから述べているように私は残念ながら頭が悪いほうの人間なので、たとえ10代くらいの早い段階で「私は何者でもないっぽい!」と野生の勘でキュピーンと気付いていたとしてもそれをどうこうできる能力がない可能性も高いため、早く気付いていたからといって人生が全て違ったものになったとも思えないのだけれども、そんなことに気付いたのに対処法を思いつけなかったらむしろ今よりももっと酷く苦しんでいたかもしれない

 

と思ったけれど、たぶん私のことなので一時は苦しむけれど、そうやって苦しむのに飽きて他のことを考えていたんだろうなと思えてきた。散漫だから。

 

よく暇つぶし程度に会話に出てきたり出てこなかったりする話題で「好きな年齢に戻れるとしたらいくつに戻りたい?」みたいなどうでもいい話があるじゃないですか。あれで中学生かなーとか高校生かなーとか、いっそ園児にとか色々回答を見聞きするけれど、みんな正気かと思う。

受験勉強とかもうイヤじゃん。辛いじゃん、受験。受験じゃなくても中間考査とか期末考査とか学校ってすぐテストするじゃん。超イヤじゃん。小テストくらいなら甘んじて受け入れるけれど、日がな一日中テストとかしんどいじゃん。2時間、3時間もぶっ続けで模試とかやって休憩のあとまた別のテスト2時間とか狂気の沙汰だよね。二度とゴメンだわ!

学校にもう一度ちゃんと通って勉強をやり直したいって気持ちがあるっていうのもわかるんだよ。でもさ、自分は自分でしょ。基本の性格ってなかなか変わらないでしょ。たぶん戻ったら戻ったで、やっぱり同じように怠けると思うんだよねーというか怠けると確信しているんだ私は。少なくとも私は怠けるね。他の皆さんは頑張るかもしれないけど私は怠けるよ全力で。下手したら現役時代より怠けるだろうね。

勉強以外のことにしたって「社会に出るまで何も辛い思いなんてしませんでした」なんて人、そんなにいるのかなあと思うんだよ。確かに社会に出てから辛いこともあったけど、社会に出てから辛いことと児童や生徒や学生だったときに辛いことって種類が違うだけでたぶん辛さの程度ってそんなに変わらないんじゃないかと思うんだ。

私は高校生くらい〜社会に出て3年くらいは物凄く大変だったんで(長くなるから割愛するけど親が離婚したり毒化したり私が怪我したり借金返済したり空き巣が入ったりして人生の密度がその時期だけ異常に濃かった。今思い返してもあんな逆境をよく乗り切ったと思う)、あの時期をスルーできるなら戻ってもいいけどそうじゃないなら戻るとかまっぴらだぜ!と思っている。

 

だから早い段階で何者でもないことに気付いてしまっても、為す術もなく結局は同じ結果になったんじゃないのと思っている反面、私が冒頭の彼女のような賢者だったのならどうなっていたんだろうなあ、もっと世知辛い浮き世を上手に乗り切っていけたのかもという妄想に思いを馳せたりする。

 

私はバカなクセに気位は高いのでここに至るまでに物凄い葛藤があったのだよ。無駄な気位の高さは人生を踏み誤らせるね。でも今は大変だった時期があったなんて信じられないほど人生を凪いで過ごしているし(なにこれもう老後なのか)踏み誤ったことに気付いても人生はまだ続くので、それなりに頑張りマンモス(のりP語。今「のりP語」で思い出したけど、若かりし頃ののりPが「ごはんを食べるときに『いただきマンモス』って言ったら徳永英明さんが『食べ終わったら『ごちそうサマンサ』って言うといいよ』って教えてくれたんです〜」っていうほのぼの英明エピソードを話していたのをTVで観たっていうどうでもいい思い出。こういうどうでもいいことを思い出すのもなんだか老後っぽい)。長ぇな。

スコシ

久々に少しだけ動いた。

転職活動である。応募したのである。かれこれ5ヵ月ぶりではなかろうか。

暫くやる気がなさ過ぎて求人サイトすらロクに見ていなかったので、気持ち的にはずっと突っ立っていた場所から頑張って一歩飛び出した感じ。このまま続いて動いていけるかは不明だけれど(またやる気がなくなる可能性もある)とりあえず少しだけでも動けたのはよかった。引き続きがんばれ俺。

あとドレス入るように頑張れ俺。