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アンサーソン

おひとついかが

一目千両

普段私とはほぼ接点がなくいつも無表情でいる人が他の人と話していて笑顔を見せたとき、その笑い方がとても柔らかくて、とてもとても柔らかくて、ああこの人こんなに柔らかく笑うんだと思って動揺した。

 

私は男女問わず他人によく見とれるけれど一目惚れの経験はない。造形の好悪が人間としてのそれに繋がりづらいほうなのだが(繋がりづらい、と表現したのは生理的にどうしても苦手な面構えというのがあって、その面構えの人がどんなにいい人であったとしても受け入れられずに距離を置いてしまう場合があるから。この苦手な面構えをイケメンにカテゴライズする人もいるので、他人にこの話はあまりしない)今回の動揺には衝撃的なときめきがあり、この感じを初見で体験したらそれは一目惚れということになるのかもしれないと思った。

 

ギャップ萌えというものが世の中にはあるという。私にはこの萌えもなかったのだけれど、ないと思っていたのだけれど、その「接点のない人」は少しキツ目の顔をしているので、その笑顔が柔らかければそれはギャップということになるのかもしれないなとも思った。

 

接点がないのでその人のことは顔と名前くらいしか知らないし話したこともないし、どんな性格なのかも知らないし興味もないのだけれど、あの柔らかな笑顔をもう一度見ることはできないだろうかと考えている。毎日顔を見られるわけでもないうえ、2年程の間で一度しか笑顔を見られていないという状況下で次の機会が巡ってくるとはそうそう考えられないのだが、なんとかならないものだろうか。

 

 

「一目千両」という昔話がある。一目惚れの話、というと語弊がある気がするが、一目惚れの話ではないと言われるといやそんなことないよという感じの内容だ。話の終わりの感じからいって落語がベースになっているのだと思うのだけれど(もしくは地域で伝承されてきた話をベースに落語ができ、それが昔話として再形成されたか)、興味持たれた方がいたら、すぐにあらすじが引っかかってくるので各々でググってみて欲しい。因みに今ググってみたら私が記憶していた「一目千両」とは少しだけ話が違っていた。何か他の話と混同したのかもしれない。

話を戻す。「一目千両」は「一目見るだけで千両の支払い」という謎のものを見るためお金を貯めて京へ出掛けていく男の話で、千両が今現在だと如何ほどの価格と同等になるのかわからないけれど、でも正直千円くらい払ってでもあの柔らかい笑顔が見たいと思っている。いや千両が千円程度でなかろうことは私でも理解できている。しかしながら、基本的に吝嗇な私が「ただ一瞬見るだけで千円」を支払ってもいいと思うというのは相当であるな、と自分で思っているということだ。

 

ともするとそのことばかりを考えているので、暫くは頭から離れないのだろうなと思う。もう見られないのならば考えないようになれたほうが楽なのだけれど、そういう切り替えが上手にできないのだ。仕方ないので、次はいくらまでなら払えるかに重点を置いて考えてみようと思う。業が深い。