アンサーソン

おひとついかが

面白いことかける人

ずるい。だって面白いんだもん。

ずるいっていうか羨ましすぎてジリジリする。なんでそんなこと思いついたよ!?と思う。

合コンで怪獣パレードに遭遇した。 - 自省log

面白くてずるい。そう来たか!と思う。冒頭から既に面白いのに最後まで面白いんだもん、汚い。

 

私の以前の友達にもそういう人がいた。言うことも文章も面白かった。ただ字が凄く汚かった。まあそれはいい。

あるときから、その人がくれるメールの内容がどんどんネタ化していった。ひとつの小咄みたいなメールを送ってくるようになったのだ。そしてそのメールはやたら長く、読めば面白いのだけど疲れてしまった。

小咄メールに私が疲れ、斜め読みをするようになって暫くしてから、彼女のメール内容は私が言ったことをなぞるだけのメールになった。私が彼女の仕事の専門分野について「○○の研究者が××は△△だから◇◇と言っている文章を読んで、なるほどなと思ったよ」と送ると「そのとおり!××は△△なんだよ!だから最終的に◇◇なんだよねー」といった具合。やっぱり斜め読みするしかない。

そうしているうちに、他のことについても「あれ?こんな人だったっけ…?」という思いを抱くことが多くなって、今は疎遠になっている。恐らくもう二度と連絡は取らないと思う。

 

少し考えた。彼女はたぶん、どの時点からかはわからないけど、自分で考えるのをやめたんだと思うんだ。もしかすると考えているのかもしれないけれど、それを(少なくとも私には)表明するのをやめたのだろう。

面白小咄を紡ぎ出すことはできるのだろう。でも、考えはしないから表現できない(または考えはあるが表現はしない)。

考えているけれど言わないことと、考えてすらいないことには雲泥の差があるけれど、外から見たら一緒だ。私の受ける印象は一緒だ。

私は他人が何を考えているのか教えて欲しいほうだ。何を好んで何に興味を抱いて何がイヤでどういう表現をするかに興味があるんだ。もちろん興味のない相手もいるけれど、友達のそれだったらいつだって知りたい。

けれど、彼女はそれを、気付いたらすべて放り投げていた。

私と彼女は一緒にいる理由がなくなった。会ったって話すこともない。興味も持てない。与太話で時間を潰すのは簡単だから、数年間、時間を潰しながら彼女が元に戻るのを待っていたけれど、戻ってくることはなかった。常に私が以前言ったことの焼き直しや他人の受け売りの話、そして与太話ばかりだ。

そういうのはやめてくれないかと言ったこともあったが通じなかった。残念だ。

そうして彼女から離れた私に手紙が来た。

私はもう友達だとは思われていないのだろうけど、友達を辞めたくないという内容だった。

実は、前述した理由の他にもう少し決定的な理由で疎遠になっていたのだけれど、それは割愛する。ただ、その決定的な理由以外にも私には彼女に苛ついていた点が多々あったなと思い返したのだ。私自身が彼女に興味を持てないのだ。彼女がどういう状況にあってももうどうでもいいし、彼女に何が起こっていてもなんとも思わない。

これは申し訳ない、と思うべきなのだろうか。わからない。

ただ、私は彼女とは非常に長い時間を過ごしたし、色んな本音も言い合ったし、親友と呼べる相手がいるのなら彼女だと思っていただけに、それを裏切られたというショックもあり(決定的な理由のほう)もう無理だと思ったのだ、言い訳だけど。

私が思う「友達」の枠に彼女をはめようとした私が悪かった部分もあるのだろうけど、今の私の彼女への感情の状態で彼女を友達と思うのには無理がある。

そういうわけで、友情関係が終わる時もあるだなんて自分でも驚きなのだけど、友情関係にも終わりが来ることはあるのだなと思った。

 

まったくもってまとまっていなくて今日のは特に酷い。

自省logの人のブログ関係なさすぎる。

 

 

考えを 思いつくままつれづれに 書いたばかりに 酷い文章

 

反省はしていない。