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アンサーソン

おひとついかが

誰かに電話をかける

あれやめろよ 日常 考察

今日というか今朝というか、深夜3時前に着信があった。

私は現在、夜中の1時半から9時までをおやすみモード(指定時間に着信があってもサイレントモードになってくれるという機能)にしているので深夜3時に着信があっても気付かないのだが、履歴とプッシュ通知は来るので携帯を見たときに気付く。26日3時の非通知着信。

 

先月気付いたことなのだが、毎月毎月26日の深夜に非通知着信があるのだ。それまで「たまに非通知着信があるなあ」「ワン切りであれば通知してかけてくるだろうから間違い電話なのかな」と思っていたのだが、ふと履歴を遡って戦慄した。非通知着信は毎月26日に来る。去年の3月までしか遡れなかったのだが、3月26日から毎月毎月非通知の着信があるのだ。

私はこれまでずっとガラケースマホの2台持ちをしていて、電話は主にガラケー、その他はスマホというように使い分けていた。スマホの電話番号は、昨年2月に転職するまで殆ど誰にも教えていなかった。

そこに、少なくとも去年の3月から確実にかかってきている非通知着信(正確には11月だけ非通知着信はなかった。もしかすると履歴から削除しただけかもしれないが記憶が定かではない)。

 

なんだか怪しい気配がするメポ…*1

 

そこから勝手にすくい取る悪意。ただ気持ちが悪い。毎月同日というのも気持ち悪さを倍増させる。

そういや非通知拒否ってできないのだろうか?ちょっとググろう、と「au iPhone 非通知拒否」でググったらいとも簡単に拒否設定の方法が出てきた(Docomoauは無料で非通知拒否できるらしいが、SoftBankは有料のもよう)ので、そのまま拒否。

拒否してこの先気にはならなくなるであろうとは思われるが、毎月の非通知着信というものに何らかの悪意といかんともしがたい気持ち悪さを感じるためモヤモヤしてしまう。

そうだ、もしかすると他にも同じようなもので困っている人がいるかもしれない、とググる

Google先生ありがとう。私Google先生がいないと生きていけないよ。

すると、非通知着信を気持ち悪がっている人が割と沢山いた。電話番号が使用されているかどうかを確認したあとSMSでスパムメールを送るために業者がチェックしている、との情報もあった。

非通知着信があるだけでSMS来ないんですけど…。

つまりSMS送信が目当てではない、ということか。

SMS目的ではないが、同じような(3日ほど振り幅があり、時間もまちまちという人が結構いる)非通知着信のある人がいるということはわかったため、悪意のなせる業ではないっぽいという結論に達した。そもそも毎月同日深夜の同時間帯に非通知って個人の恨みにしてもその恨みが余程強くないと続かない気がする。

私は非常に迂闊に生きているのでそうだと言い切れないのが苦しいところではあるが、恨みか妬みか嫉みかとにかく何かはわからないもののそこまで強い感情を持たれる覚えは少なくともここ数年はない*2。だから非通知で電話をかけることで何らかのメリットを得られる業者が何らかのシステムを使って非通知で電話をかけている、と考えるのが妥当なのではないだろうかという結論に達した。

 

実際のところ、目的が見えないのでまだ気持ちがスッキリしないといえばそうなのだが、それでも「たぶん嫌がらせではない」とわかっただけでも気持ちが軽くなるのだなあと今回のことでわかった。

ていうか業者はあれやめなさいよ気持ち悪いから。

*1:プリキュアのマスコットみたいな白くてでかいマシュマロみたいなのの決まり文句。恐らく「可愛らしいマスコット」の設定なのだと思われるがそのマシュマロは別段可愛くない。

*2:結婚するだいぶ前、付き合っている人もいないときに彼女持ちの男から誘われて断ったところ、翌日から朝8時過ぎに毎日違うアドレスでメーラーダエモンさんからのメールが転送されてくるという、犯人がわかりやすい一方で意味のわからない嫌がらせを受けた。4〜5日で収まった記憶。一時的に登録アドレス以外からのメール着信を拒否したんだったかもしれないが忘れた。いずれにしてもちょうど朝の準備で忙しい時間だったのでイライラしてふざけんなそんなだからモテねえんだよクソ男と思った。

さっきの追記

さっきのヨンダホンの追記!

 

今お風呂に入りながら(いや4時半から今までずっと入浴中だったわけではなくて4時半から5時過ぎまでさっきのエントリの文章おかしなところを修正したりしていて、その後なぜかホッテントリを見に行ったりしちゃったんで上がったらこの時間てことなんだがそんなことはどうでもいい)、そうか、裏切りっていうテーマもあるのかなと思ってから、そういや裏切りはビオレタにもあるぞ、こぐまビルにもあるぞ、更に死も3作共通であるぞというところに思い至った。

裏切りは3作の中に脈々と様々な形で息づいていて、死に関してはビオレタの中では象徴だけで実際の死が死そのものとしては登場しないけれど、各人のエピソードや、何よりも売り物の象徴として登場している。

これまでずっと、こぐまビルもビオレタも「主人公の再生の物語」として読んでいて、エピソードというか各モチーフについては深く考えていなかったのだけれども、こうしてみるとしっかりと共通したテーマがあって描かれているお話なのだなと思った。

それが正解かどうかはわからないけれど、私の解釈としては。

 

こぐまビルがところどころ不鮮明なので、今日はこぐまビルを読もうと思った。

 

以  上  !(厚切りジェイソン)

シューキョーカンとヨンダホン

戯れ言 考察

いつもどおり結構長いです。

最終選考まで残った、志望度の高かった企業から不採用のお返事をいただいたことはこちら↓

answersong.hatenablog.com

でお話したが、その後気持ちが非常に荒み、普段ちらりとも信じないクセに「どっかに当たる占いないかなー」と血迷って都内の占いの検索を始め、結果なぜか占いではなく「預言カフェ」なるものにぶち当たり、「あー、あそこかー。あそこなら歩いて行けるじゃないか(徒歩45分くらい。無職は暇なので45分なら徒歩圏内)」と、預言カフェについてググりまくって行ってきた。

簡単に説明すると、「預言カフェ」って名前はこれまた非常に胡散臭いんだけれども、占いの類ではなく本当に預言(というか託宣)を聞きに行くカフェなのね。神託プロテスタントの教会代表が経営しているカフェで、800円〜3,000円くらいのコーヒーを飲むと託宣がついてくるという仕組みになっている。3,000円!?高!と思うかも知れないがこれは「コピ・ルアック」という、コーヒー好きな人には有名なジャコウネコのフンからできている貴重なコーヒーがあるんだけれどもそれが1杯3,000円ってだけの話で、普通のブレンドならば800円だ。そこそこちゃんとしたコーヒー屋ならそれくらいするしタダで託宣ついてくるならまあ安いのではなかろうかと判断。

託宣を受ける際に録音機器がないとダメってのがちょっと面倒なのだけれども(帰ってから託宣を聞き直して書き出し、託宣の意味を考えるまでが一連の作業なため)スマホのボイスメモで充分ということだし、希望があれば少し時間はかかるが録音データをメールで送信してくれるというサービスもあるため、スマホ他録音機器がなくても問題はない。また、相談等ではなく一方的に預言者から「主の御言葉を聞く」というのが託宣を受けるということのようなので、託宣中に会話はない。結構なスピードで託宣が行われる。らしいというところまでは調べた。

……「託宣」が「行われる」が正しいのかどうかよくわからないので、表現として間違っていたらごめんなさい。

 

斯くして、私は預言カフェへと赴いたのであった。

因みに「あーあそこかー」と思ったのは、前の前の会社のクライアントへの通り道にあり、いつも結構な行列を作っている女子の皆さんがいて印象に残っていたからである。そのときは会社の人と「あれなんすかね」「占いじゃないの?」「いつも行列が凄いんだよね」程度の会話で終わっていた(そこにいた全員占いに興味がなかった)ため、この時までググったりもしていなかった。

 

ググった結果「結構な時間待たされるよー」的なことが書いてあったのでそれなりに待たされることを覚悟していたのだが、14時半に到着して名前を書き込んだ欄には「15時半頃」との記載。待ち時間は1時間程度であった。充分許容範囲(無職だから)。BIG BOX高田馬場の駅ビル)で時間を潰し、15分ほど前に預言カフェに戻ると待ち合いの椅子が空いていたので座る。結局15時半前に呼ばれたのではなかっただろうか。呼ばれたときちゃんと時間を見た記憶がないので定かではないが(ここに書くつもりじゃなかったため。だってなんか弱って占いっぽいものに頼ってるのダセーなと自分でも思ったんだもん)、時間より前に呼ばれたような気がする。

これまたちょっとダセーなと思いつつ、無職なので一番安い「預言カフェブレンド」を注文。無職だからというのもあったのだが、ブレンドはそのお店のもっともスタンダードなもののため、スタンダードを味わってから次にいくのがコーヒー飲みとしてのプライドではなかろうかと思ってのことでもある。自分で打っててアレだけどコーヒー飲みのプライドってなによ。私何様よ。

でも預言カフェブレンドはとっても美味しかった。ちゃんとしたコーヒー屋さんのブレンドだった。

これまた記憶が定かではないのだが(うろ覚えのことばかりでごめん)、基本的にはペーパードリップで、100円プラスかなんかでプレスのコーヒーも飲めるとかなんとか書いてあった気が。気のせいだったらごめん。

余談だけど、コーヒーはペーパードリップで雑味がなくスッキリした味わいになる(フィルターにコーヒーの油なんかが吸収されちゃうため)反面、スッキリし過ぎてしまうきらいがある。一方プレスは香りも味も砕けた細かい豆のカスも全部飲めるため、コーヒーのよさがわかりやすい。ただ、口の中にコーヒーかすが残ってしまったりクセが強く出過ぎるため、ペーパードリップのほうが好きという人も割といる。私はどちらかというとプレス派だけど、無職なので今回はペーパードリップにした。ちゃんと美味しかった。

 

コーヒーを飲み終えたら預言者の方が来るという仕組みになっている、とネットには書いてあったのだが、実際は飲んでいる最中に来た。私がちんたらコーヒーを飲んでいたからかもしれない。ごめんなさい。今回私何度も謝ってんな。どうした。

特段問題はなかったので、託宣を始めて貰うことにした。

スマホのボイスメモを立ち上げ、録音ボタンをon。いきなり凄いスピードで託宣が始まる。

 

4分34秒。預言者の方が喋り続けた時間。一人で喋るには結構長い。内容も非常に濃いものだった。

私の状況とかなりマッチした内容のことを言われたので、ちょっと驚いてしまって少し泣きそうになった。泣きそうな自分ダセー。泣きそうになりながらも「これバーナム効果的なやつじゃないの」と思っていた私はクリスチャンではない。そもそも唯一神とか絶対神なんて信じていない。どれかというと八百万の神様やギリシャ神話の神様のような、ちょっとミスったりメチャクチャやりやがる存在がいっぱいいるというほうが神様としてありそうな気がしていて、八百万の神様ならいてもいい、と思っている。いるかもしれない、ではなく、いてもいい、だ。いたらいいな、というのともちょっと違う。想像ではないし願望ではないのだ。許可だ。私何様よ。

 

預言というのは、神の御言葉のことだ。その御言葉を伝えるのが預言者の役割で、クリスチャンは誰でも預言を受けることができるらしい。預言について考え、神の御心を知るのがクリスチャンの使命だ(と思う、たぶん。恐らくそういうことなのではないかと私は思っている)。しかしこの「預言カフェ」を経営している吉田さんという人が「主は万人を愛してくださっているのに、その御言葉をクリスチャンである我々しか聞けないのはおかしいのではないか」と思いこのカフェを始めた、とどこかに書いてあった。色々ググりすぎてどこで読んだのかは忘れたし、今ちょっとググったけれど見つけられなかった(似たものをこのエントリの後ろのほうにリンクしたので興味があればどうぞ)。

 

預言者というのは、誰にでもなれるものではないらしい。牧師からの推薦を受け、推薦を受けたものだけが受けられる訓練を受け、そうして預言者として認められて初めて預言者になる、という仕組みのようだ。つまり預言カフェの預言者の方はみんなガチのクリスチャンだ。

これは私の持論なのだが、信念のある人の言葉は強い。強いから、弱っている人がそれをいきなり聞かされると気圧されてしまう。気圧され、しかもそれが的を射ていたら「主やべえ、キリスト教やべえ」と思ってしまうのも自然の流れのように思う。

 

前述したように私には信じている神様はいないけれど、神様を信じるのは自由だし(私のことを勧誘したりしなければ)否定もしない。人には救われなかった人が、その神様に出合ったことで救われるのなら神様の存在も宗教の存在もアリだと思っている。ただ、神様や宗教を信仰することで危ういなと思うのは(宗教や宗派にもよるから一概には言えない部分もあるとは思うのだけれど)全てが「神様の思し召し」という考えになってしまって思考停止する可能性があるということだ。この「預言カフェ」に赴き託宣を受けたとき「主の喜ぶことをしなさい、さすれば主は貴方がよりよい生き方をするための資材を豊かに与えていきます」というような主旨のことを言われ、これは思考停止の理由になるなとぼんやり思ったのだ。自分の選択ではなく、主が喜ぶかそうでないかで選択肢が決まる。他人が全部を決めてくれる、指針がわかりやすく決められているというのはとってもとっても楽で、本当に疲れている人にとってそれは救いだ。選択の自由はないけれど、自分で考えなくても物事は進んでいくし、それがたとえ悪い方向に行ったとしても「神様の思し召し」という大義名分で自分の責任は回避できる。救いかもしれないが、これは麻薬だ。だって楽だもん。難しいこと、迷うことを考えなくて済むんだもん。もちろん、信仰があってもしっかりと自分の考えを持って自分の選択で生きていく人もいるのだろうけれど、そうでない人、そういう強さを持たない人にとっては非常に危うい。カルト宗教に限らず宗教の危うさというのはこういうところにあるのだなと思った。

しかしそれでもやっぱり、私はそれで救われる人がいるのなら神様も宗教も信仰もアリだと思う。思考停止になる危うさよりも、なにかよりどころ(この場合は宗教)を見つけて生きていけることのほうがベターだと思っているからだ。飽くまでも私個人の考えだけれど。世の中には信仰がなくとも思考停止に陥っている人は沢山いる。私には思考停止している人を叩く権利はない。私だって同じだからだ。考えていないこと、考えないようにしていることが沢山ある。今は無職で時間がいっぱいあるからつまんないことをいっぱい考えているというだけのことで、それでも考えないようにしていることがある。これは立派な思考停止だろう。

 

こうして自分の宗教観キリスト教について調べたり考えたりするきっかけをくれたのは、この預言カフェだ。800円でコーヒーを(しかもちゃんと美味しい)飲めるうえに勇気づけられたりスッキリしたりすることができるなら、やっぱり安いなというのが私の今のところの結論だ。無職なので次にいつ行けるかはわからないし、有職になったら今度は時間がなくて行けなくなるであろうと予想できるので、もしかするともう行けないかもしれないが、もう少し時間が経ったらまた行ってみたいところではある。そのときは有職だといいなと思う(時間あるのか?)。

 

 

かなり打っちゃってからみつけたのだがとりあえずリンクしておく。預言カフェの開店理由について語られている記事。確かにこれも読んだんだけどこういう感じではないものも読んだはずなんだよなあ。しかしそれは見つけられず…。

ddnavi.com

十字架もピアノも気付かなかったよ!どんだけ店内をさっぱり見ちゃいねえんだ私はよ。

 

 

 

 

はてさて、寺地さんの新刊を読み終えた。

ビオレタに続き、こちらも愛のお話だった。ビオレタはどちらかというと夫婦とか恋人同士、そこから生まれた人間愛についてのお話だなと2回読み直して思ったのだが、こちらは(まだ1回しか読んでいないが)親子愛と友人愛(そんな言葉あるのかな?)に重点が置かれているのかなと思った。他の人間愛もあるけれども。

「ビオレタ」やその前の「こぐまビル」と比較して、とぼけた寺地節はちょっと出番が少なくて(というかほぼない)、これは寺地さん本人の意向なのか、それとも編集の意向なのかどちらだろうと少し穿った見方もした。前2作に比べて登場人物それぞれの持ち物が全部重いので、とぼけた感じの入り込む隙がなかったのかも知れない。

少しネタバレっぽいことを書く(ネタバレNGの方はここで退出推奨)。

 

 

 

 

 

 

とある登場人物がやりたいと言っていることがあるのだけれど、正にそのものずばりのことを私の知人が実際に都内で無償でやっている。週イチで。正直なところ私はその知人のことがちょっと苦手なのだけれど、でもそれをやろうと思ったことも、実際にやったその行動力も素晴らしいと思うし心から尊敬している。私だったら思いつかなかったし、たとえ思いついても思いついた瞬間に「無理だな」と諦めてしまっただろうから。思いつく人はたぶんこれまでもいたとは思う。けれど、ちゃんと行動を起こして形にすることはなかなかできない。お金のためでないなら特に。

だから、公共施設や公のものに近い建物を交渉したりして無償〜格安で借りることも可能なのですよ、あとはテキストがあれば大人が誰でも関われるようにするといいと思いますよ、とその「とある登場人物」に教えたくてじりじりした。その登場人物には是非とも実行して欲しいんだ、形にして欲しいんだ。きっとそれで救われる人たちが大勢いるから。いや小説なのはわかっているけれども!

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右側に見えている黄緑色の布はブックカバーにしている手ぬぐい。手ぬぐいは本の大きさや厚さに拘わらずブックカバーとして使えるので便利。汚れたらすぐに洗えるしすぐに乾く点も便利。

表紙クソ可愛いんだけど、猫のイラスト間違ってない?茶色の鉢割れだよね?こいつ鉢割れてないよね?しかも茶虎だよね?余計な突っ込みなのはわかっているけど気になるんだよ、気になるんだよぉぉぉぉぉぉぉ。

 

 

夢中で打っていたら4時半。でも大丈夫、無職だから。

(実際は文鳥を起こしてあげねばならぬので早起きすることになります)

また新しい春が来る

戯れ言 日常

いや来てないんですけどね、春。

この前最終面接に行って来たところから不採用のご連絡をいただいた。いらんわー、不採用のご連絡いらんわー。

先週すぐに連絡のない時点で「もしや」と思いながら「いやいや、ちょっと連絡が遅くなってるだけかもしれないし」と一縷望みをかけていたが無駄だった。無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!(JOJO好き)

 

最終まで行けていたので「何がいけなかったのか」等考えてしまうが、これ考えても意味ないんだよね。一般職とか総合職なら質問の受け答えとか態度とかそういったものを見られるのかもしれないが、私は専門職なので、私より「一緒に働きたい」と面接した現場の人に思われた人がいたか、私よりもその会社の雰囲気に合う人がいたか、私よりもハイスペックで色んなことができるって人がいたかとかそういう話になる。私の受け答えの一部が多少変化したところで採用されたってことはないんだよ。ないんだけにじゃあどこ頑張ればよかったのかと思い悩んでしまったりもするのだが、そんなことに思い悩んでいる暇があるなら気力を奮い起こして次のところに応募するほうが得策だ。ダメだったならそりゃあもうダメだったんだ。合理的にいこう。

 

 

ところで、何で聞いたのか忘れたんだけどね、日本のTV番組はラーメン特集をすると視聴率が取れるらしいんだ。それで、番組そのもののてこ入れ回とか、その番組の存続をかけた回、低視聴率番組での起死回生回みたいなのではラーメンが特集されるんだって。コンスタントにラーメンコーナーがある番組ではその限りではないのだろうが、普段やってなかったのに唐突にラーメン特集を放送してたりするバラエティはその後割とすぐ終わるらしい。

このラーメンの話は結構前に聞いた気がするので、今も相変わらずそうなのかどうかは知らないが(TV番組の視聴層も移り変わっているようだし)今夕方のニュースでラーメンを特集していたので思い出した。

ていうか夕方のニュースってちゃんとしたニュースっぽいスタイルなのに、なんでどうでもいいグルメ特集組んだり、どうでもいい芸能ニュースをお伝えしたりするんだろう?ちゃんとニュースをする気がないならバラエティっぽいスタイルでやればいいのに。pon!とかヒルナンデスみたいな感じで。いやどうでもいいんだけど、夕方ってどのチャンネルでも(テレビ東京を除く)「ニュースっぽいバラエティ」をやっていて、どこも代わり映えしなくてつまんねーなと思って。でもこのスタイルを崩さないってことは需要があるってことなのかもなあ。つまんないと思うんだけど他人の好みはわからんな。

 

明日はハロワに行こう…。

日常 あれやめろよ 戯れ言

あけましておめでとうタイムトリップ。

みなさんにはもう2月かもしれませんけど私には1月なんですよー、年明けなんですよーっつって嘘ですけどね。

因みにタイトルは「畾」で「らい」って読むみたいです。何かの折にこのMacで変換したらしく、変換第一候補でした。マジか自分。何に使ったんだこんな文字。

 

私2月生まれなのね。如月。きさらぎって響きが格好良い。とても好き。なんでそれで「きさらぎ」なの?ってところもいい感じ。まあ「弥生」も「なんでそれでやよいと読むんすか」って名前ではあるが、如月ほどの鋭さが弥生にはなくて、かつ如月に関しては漢字で書いても響きにしても鋭角のイメージがあって、それが2月の寒さを強調しているようでよいなと思ってるって話です。東京の2月はあまり寒くないけどね。Februaryになるとなんだか響きが丸くなるんでそっちは別に好きでもなんでもない。嫌いでもないけど、少なくとも如月ほどのありがたみはない。

 

2月といえば28日までしかないことでおなじみだけど、お店なんかで○○会員特典とか、○○カードをお持ちのお客様は誕生月に○%OFF、ポイント○倍、みたいなのあるでしょ。実店舗よりもネットでの買い物のほうにより多いかな。あれさ、2月生まれは何日分か損するからやめて欲しいんだよね。いやわかってるよ、2月にはない29日から31日のたった3日間じゃん、その前の28日間に買い物すりゃいいじゃんという言い分もわかるよ、でもさ、誕生月特典みたいなのって忘れてることのほうが多いじゃない?忘れてる時点で使う気ないじゃんって話かもしれないけどさ、「カード会員募集中です」って勧誘されてへーポイント溜まるのかー、会員特典なにかつくんだなーと入会して「誕生月は全品○%OFF」と規約に書かれていたときのあの落胆よ。誕生月割引とかいらねえんだよ。それならもう平等にお前んとこの決算月に会員は全員○%OFFにしてくれよ。そのほうがお前らの決算にも売り上げが載せられて役立つだろうがよ。

そもそも2月生まれの人だけじゃなく、年全体の半分くらい30日までしかない月がある以上、その人たちも1日損してるわけじゃん。その誕生月の30日の23時50分に(ネット店舗の場合)「あ、今月のうちに買い物しとかないと!」と思い出しても商品見る時間が10分しかないでしょ。でもそれが31日まである月だったら、10分と更にあと24時間の猶予があるわけじゃん。

…そういうのがなかったとしてもなんか不愉快なんだよあのシステム。だから実質的な損っていうんじゃなくもう気分的な問題でしかないんだけど「得できるはずの期間を損させられてる」感が強いんでマジでやめてくれ誕生月システム。ていうかなにが楽しくて誕生月に自分で買い物してんだよアタシが可哀想じゃねえかよ!(混乱

 

今日2月2日じゃないですか(と書いていたら2月3日になってしまっていた)。結婚記念日なんですよね。

そんで、私は去年結婚記念日を忘れていて数日後に思い出した際、オットに確認したらちゃんと覚えていて申し訳ないなと思ったんで、先ほど「おお今日結婚記念日じゃねえか」と思い出し「忘れてた」と言ってオットと握手したら「おめでとう」と言われたため、ああやっぱりオットは覚えていたのだなあ、この人はこういうことをよく覚えているなあすげえなあと思ったら「就職決まったんでしょ」と言われた。

 

決まってねえええええええええええ!!!!!!!!!

 

抉りに来やがった。毎日気にしながら生活しているところを抉りに来やがった。

先週最終面接を終えたところに入社したいと思っているが、今週はその返事待ちだ。最終に残れたところで叩き落とされることだってあるし、まいにち修造の修造が「考えても仕方ないことは考えるな!」と数日前に言っていたので、どうしても不安で考えてしまいがちなところを頑張って考えないようにしていたのにロクに確認もせず素手で抉って来やがった。いてえよ。

ていうかそっちじゃないし!それじゃなく!去年は覚えてたじゃん!「俺は覚えてたよ」って忘れてしまっていた私を鼻で笑ったじゃん。なんで今年は忘れてんだよ!

「違うよ!今日は何日だよ!」

と言ったらようやく思い出したが、私だって別にしっかり覚えていて貰って毎年お祝いしてね(はーと とか思っているわけじゃないし基本忘れてるから(むしろこの時期はいつも福豆と恵方巻き、更にその先のチョコレートのことしか考えていないのでイベントが増えるとちょっと困る)、忘れてるなら忘れてるでまったく問題はないのになんか私が記念日☆を大事にしている一般女子☆(強いて「女子」とする)みたいになって気にくわないし、それより何より無職の後ろめたさを抉られたことに凹んでウワーってなる。ウワーァァァァァァァ(再混乱

 

昨日、もうすぐポイントの失効期限だったため、突然思い立って美容院行ったらいつも担当してくれてる人がお休みで別の人に施術して貰ったんだが、あまり話す気ににもならずぼんやりしていたら、その人と「雑誌お取り替えしましょうか?」「大丈夫です」というやりとりを3回くらいしたうえ、お店のサービスで飲み物を提供してくれるんだけどハーブティを2杯とコーヒー1杯の合計3杯も貰ってしまって、急に予約ぶち込んで行ってしまってごめんねと思った。いつもの担当がいないからみんな困ってたんだろうな。これからは担当者いるの確認してから予約するようにするよ。

髪を切ったらすっぴんが永野みたいになったよ。ラッセンが好きな人ね。これで宴会芸はばっちりだね!あの人みたくなる前は「卑弥呼様〜」の人みたいだったよ。薄い男顔なんで永野のほうがたぶん実物の私に近いよ。基本男性お笑い芸人みたいな私の顔なんとかなんねえかな。なんねえよな。

さかいめ

日常 戯れ言 考察 あれやめろよ

Kindleで何か読む物を買おうと思ってAmazonを見ていて思いだしたのだけれども、普通の小説の表紙をラノベの表紙っぽくアニメ絵とか少女漫画絵とかにするのやめて欲しい。面白そう、と思っても本屋で手に取る勇気が出ない。というか手に取る気を削がれ、Amazonでも表紙を見ちゃうと買う気が削がれ、面白いのかも知れないと思いつつも買えていない本が割とある。

 

と私が言ったところで各出版社に於いては恐らくラノベっぽい表紙のほうが売り上げが上がるんでラノベっぽくしているのだろうけれども。

私みたいなのもいるので少し控えめにしてはいただけないものかなーと前々から思っている次第。

あれとかあれとかあのあれのやつとかきっと面白いんだろうけどな……。

文庫化したらそういう表紙になっていて「え?」と思ったこともある。なんでそんなふうにしちゃったのさ…。

 

 

 

 

 

ー 以下脳内垂れ流しなのでまとまってないし締まってもいません ー

 

というかさ、普段ラノベ読んでる人たちって萌え絵の表紙じゃないと本買わないの?中身面白いなら買うんじゃないの?その作家が好きだったら表紙がどうあれ読むんじゃないの?

私が「表紙があれだと買えない…」と思っているように、あの人たちも「表紙があれじゃ買う気にならない」と思うのだろうか。…思うんだろうな、だからこそあの表紙なんだろうな…。

ラノベって、少女小説みたいな感じでページの合間合間にも挿絵って入ってるんだろうか?入ってたら電車なんかでは読みづらくないのかな。入ってないのかな。入っていても気にせず電車で読むのかな。Kindleでは挿絵の扱いってどうなってるんだろう?

 

そもそもラノベとか少女小説と他の小説の区切りってどこにあるんだ?個人的には表紙がマンガとかアニメ絵かどうか(とか挿絵の有無等)で区別していたのだけれども、普通の小説の表紙を漫画家や絵師とかなんとか呼ばれるような人たちが描いたりするようになってわからなくなった。

ラノベを読んだことのある人から「なんか凄いんだよ、擬音ばっかりなの」と聞いたことはあるのだけれど、どのラノベもそうなわけじゃないだろうし、全部のラノベが擬音ばっかりってちょっと意味がわからないし、擬音を多用していたらラノベ、という考え方もおかしすぎるんでたぶん違うよね。じゃあどこに垣根があるんだよと。出版社の人はどうやって区別してるんだよと。

前に某書評家の人が「文芸」と「エンタテインメント小説」の区別を解説していたのだけれども、こっちの区別もかなり曖昧で、文芸にだってエンタテインメントの要素があったりするし逆もまた然りじゃん、と思ったんだよね。その人の言い分では「読んでる側が『感動を覚えるか』『面白いと思うか』で区別」的なことが書かれてたんだけれども、それって個人的な感想の域を出ないじゃない?その人のさじ加減次第じゃない?

ボキャブラリーが少ない人だったら感動を覚えても「面白かった」と表現するかもしれないし(巷でよくいう「女子がなんでもかんでも『カワイイ』と表現する」みたいな感じ)、いっときよくバカにされていたケータイ小説の書籍化で主人公とか主人公の恋人が死んじゃって、あまり本を読んだことのない読者が泣いて「感動した」と言っていたことを思うと、この書評家のいうように区別をするなら「ケータイ小説は文芸」となるんじゃないの、と思ったりするわけじゃん?でもきっとその書評家はケータイ小説は文芸ではないとかいっちゃうんだろう?じゃあどこで区別すんのさ。私はもっとはっきりした境目を知りたいんだよ、お前のさじ加減でどうとでもなるようなものではなくてさ。文芸とされているものでも読み口の軽いものはあるし、エンターテインメント小説とされているものでも感動作はあるんじゃないの?違うの?

 

疑問は次から次へと湧いてくるが、答えを知らないのでまったく解決しねーな。

とりあえず普通の小説(普通の小説っていう言い方もどうかと思うし、ラノベがなんなのかわからない限り普通の小説がなんなんのかももうよくわからない。ラノベを一度読んでみたらわかるのだろうかね…?)の表紙をどうにかして欲しい、個人的には。

電磁波インフォメーション

ネタのようなもの 日常

 

今日、前の前の会社(先日辞めたところではなくその前の長らく勤めていたところ)が来年早々に廃業することが決定したらしいよ、と、私と同じくその会社に限界を感じて転職した人からメールが来た。

あんな会社だもんなー……。さもありなん。

 

でも定年間近のおじさんやおばちゃんはいいとして、まだ働ける若い人たちはどうするんだろうなあ

 

なんて他人の心配してる場合ではなかった。

 

年明け入社を目指し、失業給付が始まる前に就職先を決めたいのだけれども、最近応募したいと思える会社がめっきりなくて困っている。上記のメールが来たときもネットで求人を見ている最中だった。

がんばろ……。